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プレドープ技術を使った幻のリチウムイオン電池の開発譚(前編)

プレドープ技術を使った幻のリチウムイオン電池の開発譚(前編)

本記事は、記事内で紹介するプレドープ技術(特許第3485935号)や、リチウムイオンキャパシタ(特許第5680868号)の開発者の一人である安東信雄による寄稿になります。(安東は現在は武蔵エナジーソリューションズ株式会社所属)

1991年にPASL電池(注)を上市した後、正極にコバルト酸リチウム、負極にPASを用いたリチウムイオン電池(LIB)の開発に着手した。

(注)PASL電池とは、ポリアセン系有機半導体(PAS;polyacenic semiconductor)に予めリチウムイオンを深くドープした材料(PAS-Li コンポジット)を負極に、PASを正極に使った電池である(矢田静邦;工業材料, Vol.40, No.5, 32 (1992) 参照)。

市販されているリチウムイオン電池に対し、エネルギー密度として2倍を目標に設定した。今回は高容量PAS負極を用いた円筒形リチウムイオン電池が開発された背景をご紹介する。

円筒型リチウムイオン電池開発の苦難

これまでコイン型電池の組立しか経験がない中で、円筒型電池の組立は分からない事だらけだった。それでも、ソニーの特許をお手本に電極作りからスタートした。また、市販のハンディーカムのバッテリーパックを購入しては電池を分解し、電極の厚さや正極、負極の幅、長さ、そして端子の付け方や巻き方などの構成を勉強する毎日が続いた。

そして、コイン型電池から部材や設備を一新し、円筒形リチウムイオン電池の試作を開始した。負極に高容量なPAS(ポリアセン系有機半導体)を用いることで、市販のリチウムイオン電池よりエネルギー密度は高くなるはずであった。

PASの放電容量は600mAh/g、黒鉛は350mAh/gである。しかし、何度試作しても市販のリチウムイオン電池を超えることは出来なかった。円筒型電池を作る技術も低かったのだが、それ以外にPASに由来する本質的な課題が3つ見つかった。

  • 一つは、負極の密度が低いこと(黒鉛負極が密度1.5g/cm3であったのに対し、PAS負極は1.0g/cm3)
  • 二つ目は電池の平均電圧が低いこと(市販のリチウムイオン電池が3.6Vであったのに対し、PAS電池は3.2V)
  • 三つ目はPASの初回のクーロン効率(放電容量÷充電容量×100)が低いこと(市販のリチウムイオン電池が約95%であったのに対し、PAS電池は約60%)。

特に、三つ目の効率の低さが致命的であった。因みに効率が60%と言うことは、正極重量の40%およびそこに含浸されている電解液は仕事をしていないことを意味しているのである。無駄は省かなくてはならない。

しかし、いずれもPAS特有の課題であり、解決のための前例やお手本があるわけではないため改善は困難であった。それでもPAS合成時の処理温度や粒度、表面処理、そして電極のプレス方法など工夫することで若干の改善効果が見られた。だが、市販のリチウムイオン電池を超えるほどの効果は得られなかった。

プレドープ技術による革新の模索

そこで、不可逆容量分(つまり、40%分)だけ、リチウムイオンをプレドープしてみることにした。コイン型PASL電池では実績があるものの、円筒型リチウムイオン電池では初めての試みであった。

しかも、PASL電池では負極電位を下げることを目的としたが、今回は効率向上が目的となるのである。また、円筒型電池に使用する負極は厚みが薄いため、コイン型PASL電池と同様に負極表面に金属リチウムを圧着するのは困難であった。

負極厚みから計算される金属リチウム箔の厚みは約5umと極めて薄かったのだ。当時市販されていた最も薄い金属リチウム箔は30umであり、金箔のように柔らかく、直ぐに皺になるなど取り扱いも難しかった。

系外ドープ法の導入

色々と考えた結果、以下の方法で試作することとした。

  • ドライボックスの中で、長尺のPAS負極と同サイズの金属リチウムとをセパレータを介して対向させた電池を組み、不可逆容量分のリチウムイオンをドープする。
  • その後、PAS負極を取り出し、別に準備したコバルト酸リチウム正極とセパレータを介して巻き取り、18650サイズの円筒型電池を組立てる

というものである(いわゆる系外ドープ法である)。

ただし、この巻き取り作業においては、PAS負極にはリチウムイオンがドープされて電位が下がっている上に電解液も含まれるため注意が必要だった。つまり、正極、負極には電位差が生じているため、巻き取り作業中に正極と負極が短絡すると火花が出たり、発熱したりと少々危険だったのである。

このように注意して組立てたプレドープ型リチウムイオン電池であったが、プレドープ前より容量は多少増加したものの、想定した程は高くなっていなかったのである。何度実施しても同じであった。何故かプレドープしたリチウムイオンは組み換えを行う中で失活していたのである。

アルゴンボックスによる打開

何故、ドライボックスのような水分の無い中で失活したのか?1970年後半からポリアセチレンなど導電性高分子への電気化学的なドーピングが盛んに研究されるようになったのだが、ドープされた導電性高分子は空気中では不安定であり、アルゴン下または真空中では安定だったとの論文があった(J.H.Kaufman et.al., J.Electrochem.Soc.,131,2092 (1984) 参照)。もしかして、窒素ガスが悪さしているのか?

実は当時のカネボウでは窒素ボックスでセルを組み立てていたのだ。その窒素ガスがリチウムイオンをプレドープしたPASを失活させているのでは無いかと考えた。社内には、その窒素ボックス以外に、金属リチウムを保管する小さなグローブボックスがあった。通常は窒素フローしているのだが、金属リチウムを取り出す時のみアルゴンフローしていた。仮説検証のため、その小さな金属リチウム保管用のグローブボックス内でアルゴンフローしながらプレドープを行い、その後コバルト酸リチウム正極へ組み換えを行なってプレドープ型リチウムイオン電池を試作した。

そして容量測定したところ、失活することなく、計算通りの容量が得られたのである。直ぐに大型のアルゴンボックス導入が決まった。因みに、アルゴンボックス内でプレドープしたPAS負極と、そのサンプルを一旦窒素ボックス内に開放したサンプルとでESR測定により電子状態を比較した(京都大学 山邊研究室)。詳細は省くが、窒素ボックス内に開放したサンプルは窒素ガスに接触することで失活したことが裏付けられたのである(ドープ量違いサンプルの ESR 測定については Synth. Met., 89 (1997) 133 参照)。

新たに導入されたアルゴンボックスの中に、小型の巻取機を入れ、プレドープ型リチウムイオン電池の開発を再開した。もう失活することはなかった。

プレドープ型リチウムイオン電池の完成

そして遂に18650サイズの円筒型電池で2300mAh、平均電圧3.2Vのプレドープ型リチウムイオン電池が完成した。

しかし、当該電池は、残念ながら、量産されて世に出ることはなかったのである。後編では、完成したプレドープ型リチウムイオン電池の量産化への取り組みと、なぜ幻となったのか、その背景エピソードについてご紹介する。

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