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プレドープとは何か?そのメカニズムと誕生秘話

プレドープとは何か?そのメカニズムと誕生秘話

1991年にリチウムイオンキャパシタの元となったPASL電池(注)と呼ばれる新たな畜電池が誕生した。同年に誕生したリチウムイオン電池との決定的な違いは、高電圧化のために負極にプレドープしている点である。

(注)PASL電池とは、ポリアセン系有機半導体(PAS;polyacenic semiconductor)に予めリチウムイオンを深くドープした材料(PAS-Li コンポジット)を負極に、PASを正極に使った電池である(矢田静邦;工業材料, Vol.40, No.5, 32 (1992) 参照)。

プレドープ技術は、リチウムイオン電池等へ適用することでそのエネルギー密度を向上させたり、そのサイクル寿命を伸ばすことが可能なため、近年注目されている技術であるが、今回はそのプレドープ技術とは何か?その方法とメカニズムについて、そしてPASL電池に何故プレドープが必要だったのか、について紹介したい。

予め負極のみを充電するプレドープ

プレドープとは文字通り、「予めドープする」ということである。

この予めリチウムイオンをドープとは、負極にリチウムイオンを充電することを意味するのであるが、「予め」と言うところが重要である。

PASL電池をそのまま充電しても負極にリチウムイオンはドープされるのだが、それでは正極にも同時にアニオンがドープされてしまうので意味がないのである。つまり、プレドープとは正極は充電せずに、負極のみに充電することであり、だからこそ、「予めドープする」なのである。

プレドープの製造プロセスとメカニズム

それでは、どうやってプレドープするのか?やや技術的になるが、その製造プロセスはおよそ次の通りである。

  1. コイン型電池の負極缶にPAS負極を貼り付ける。
  2. 負極とほぼ同じ直径に打ち抜いた金属リチウム箔をPAS負極表面に圧着する。
  3. リチウム付きPAS負極に電解液を含浸させる。
  4. 正極缶にPAS正極を貼り付ける。
  5. 正極缶にガスケットをはめ込む。
  6. 正極、負極よりやや大きめに打抜いたセパレータをPAS正極の上に載せ、電解液を含浸させる。
  7. 正極缶と負極缶を嵌合させ、プレスにより封止して組立は完了する。

尚、以上の組立工程は全てドライボックス内で行われた。

この時、電池の内部ではPAS負極と金属リチウムが接触した状態で電解液に浸されている。つまり、PAS負極と金属リチウムは短絡しているのである。金属リチウムは最も低い電位を有する金属であり、0Vと定義されている。それに対しPAS負極はリチウム電位基準で約3Vの電位を有しているのである。よって、PAS負極と金属リチウムの間には電位差があるので、電位の低い金属リチウムから電位の高いPAS負極に電子が流れることになる。と同時に、金属リチウムは電子が抜かれた分イオン化(Li+になる)して電解液中に放出され(酸化反応)、電子が流れ込んだ分PAS負極はマイナス電荷を帯びると同時に電解液中のリチウムイオンがドープされるのである(還元反応)。

このプレドープは条件にもよるが、数時間から数日放置することで終了し、金属リチウムは全てイオン化してPAS負極にドープされ、消失するのである。

以上がプレドープのメカニズムである。

因みに、何故「ドープ」という言葉が使われているかと言えば、初めてプレドープしたPASL電池の負極がポリアセン系有機半導体PASだったからである。そもそもPASやポリアセチレン、ポリアニリンの様な導電性高分子にイオンを充電する反応がドープと呼ばれていたことに起因する。もし、黒鉛が用いられていたら、プレインターカレーションと呼んでいたかもしれないが、今日では負極が何であっても予め充電する行為をプレドープと呼んでいる。

なぜプレドープが必要だったのか

さて、最後に何故PASL電池にプレドープが必要だったのか?であるが、その前に、PASL電池の動作原理を理解していただく必要があるので、まずは簡単に説明しておきたい。

PASL電池の仕組み

PASL電池は高比表面積のPAS正極、低比表面積のPAS負極、リチウム塩を溶解させた電解液で構成される。その電解液はプラスの電荷を持つカチオン(リチウムイオン)とマイナスの電荷を持つアニオン(例えば6フッ化リン酸イオン)を有機溶媒(例えばプロピレンカーボネート)に溶解させている。いわゆるリチウムイオン電池と同様の電解液である。因みに、正極のPASを活性炭に、負極のPASを黒鉛に置き換えたのが現在流通しているリチウムイオンキャパシタであり、メカニズム的にはPASL電池と同じである。

PASL電池を充電するということは、電池の電圧を高くする事であり、充電器によって正極から電子を抜き(酸化反応)、その抜いた電子を負極に与えている(還元反応)。ここで、負極は電子が与えられる事で、マイナス電荷を帯びることになるが、この状態は不安定なので電解液中のリチウムイオンが入り(n型ドープという)、プラスマイナスが相殺され安定化する。一方、正極は電子が抜かれ、ブラスに帯電するため、その電荷補償のためアニオンが入り(p型ドープという)安定化するのである。

ここで重要になってくるのは、正極材料、負極材料によって、リチウムイオンやアニオンをドープ出来る量(容量)が異なると言う事であり、プレドープが必要な理由が見えてくる。

正極、負極の容量差をどうやって埋めるべきか

PASL電池に使用されるPAS正極はおよそ45mAh/g充電することで3Vから4Vまで電位が上昇する。一方、PAS負極はおよそ900mAh/g充電することで3Vから0Vまで電位が低下する。つまり、PAS正極を4Vまで充電するには1gあたり45mAh分のアニオンが必要であり、PAS負極を0Vまで充電するには900mAh分のリチウムイオンが必要と言うことになる。ここが重要なポイントなのだが、正極と負極で容量に極めて大きな差があるのである。

PAS正極もPAS負極も充電前はおよそ3Vである。電池電圧は正極電位と負極電位の差なので、充電前のPASL電池の電圧はほぼ0Vである。そして、充電することで正極電位は上昇し、負極電位は低下することで電池電圧は上昇するのである。目標は電池電圧4Vなのだが、ここで問題が発生する。

電池を充電する場合、正極に入るアニオン量と負極に入るリチウムイオン量は同じになる。つまり、正極、負極が同じ1gだった場合、正極電位を4Vにするために45mAh分のアニオンが入るまで充電したならば、負極に入るリチウムイオンの量も45mAh分になるということである。負極1gにリチウムイオンが45m Ah分だと、必要量の5%であり負極電位は0Vまで下がらない。これでは電池電圧は2V程度である。同じ充電量で負極電位を0Vにするには負極重量を正極重量の1/20にしなければならない計算である。電極製造プロセス上、1/20はあり得ない比率である。例えば、正極と負極が同じ密度だったとすると、正極厚さが500umの場合、負極厚さは25umになるということである。正極と負極の容量差が大きいが故の課題であり、何か別の方法で負極電位を下げる必要があったのである。

一番手っ取り早いのは負極に金属リチウムを用いることであった。金属リチウムの電位は0Vなので、充電前でも電池電圧は3Vであり、充電することで4Vになる。しかし、負極に金属リチウムは使いたくなかった。そこで考え出されたのがプレドープなのだ。

なんと金属リチウムは1gあたり3800mAh分のリチウムイオンを供給できる。先ほど、PAS正極1gあたり45mAh分充電すると、PAS負極1gあたりも45mAh分しか充電されないので、負極電位が下がらないと書いた。足りないのは900-45=855mAh分であり、その分金属リチウムを使ってプレドープすれば良いのである。855mAh分の金属リチウムは重量にしてわずか0.2gである。その具体的方法は冒頭で述べた通り、PAS負極表面に金属リチウムを圧着するというのもであったが、充電容量と合わせて900mAh分となり、負極電位は0Vまで低くなるのである。

世界初のプレドープを使った蓄電デバイスのデビュー

PASL電池は電気二重層キャパシタの2.5Vを超えるべく、研究が重ねられた。そして1991年にコイン型電池におけるプレドープ技術が確立され、上市するに至ったのだ。その充電電圧は市場の要求もあり、3.3Vと4Vよりは低くなったが、金属リチウムを負極に使わなくても、プレドープにより高電圧化出来ることを示した世界初の蓄電デバイスとなったのである。

しかし、このプレドープ技術はコイン型には有効であったが、電極面積の大きな円筒形や角形セルには不向きであった。これら、大型セルに適したプレドープ方法はリチウムイオン電池の高エネルギー密度化に向けて開発されることとなるのであるが、1997年まで待たなければならない。

次回は、その一世を風靡することとなる、プレドープ型のリチウムイオン電池開発のエピソードを紹介する。

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